82回 京都路地裏探検隊 報告 2021年4月18日

最終更新: 6月22日

京都路地裏探検隊隊長 松林まゆみ

令和3418日日曜日午後1時、 嵐電四条大宮駅前にいつもの メンバーが集合しました。

昨年の12月以来の路地裏開催です。 コロナ禍であり延期することも考え ましたが、京都府外の方が参加を自粛されるなどの対応をしてくださり、5名のみの参加で行うこととなりました。

今回のコース私の自宅から徒歩圏内であり、 「下松屋町通」 とか 丹波街道町」のあたりに昔の京都の感じが残ってるのを事前に確認して、珍しく私が提案したコースになります。

コースを決めるのも本来でしたら、毎回歩き終わった後にお店で皆さんとビールで乾杯して、草野さんが管理されている大きな地図を広げてワイワイと歓談しながら次回を決めるのですが、それができないのがなんとも残念です。

ちょっと寂しい気持ちもありながらの少人数で出発です。

まずは綾小路通から。

四条通りから一筋南の 通りですが、道幅はうんと狭く、お寺が立ち並んでひっそりとしています。 表通りとの、この差に痺れるんです。

しかもさりげなく 「新撰組の墓」と書いてあったりして、以前にも載せましたが 「見学お断り」 なところが 京都らしい。

壬生川通から南に下がり、 さらに名前のわからない細い道を通って五条通に出ます。

五条通は言うまでもなく主要な幹線道路ではあるのですが、 草野さんと山本新太郎さんの証言によれば 「昔はもっと細かった」。 そりゃそうでしょうが、それがどう広がったかを 「道路の北側は昔のままで、南側を広げて拡張された。 だから北側の 街並みは古く、南側は新しい建物ばかり」 と説明していただいて、私にとっては目からうろこでした。

うんうん確かに育っています。

そんな五条通と大宮通の交差点付近、 一筋西の通りが下松屋町通です。

下がっていくとだんだん街並みが古く なっていきますが、それでも徐々に建て替えの波が押し寄せてきているのがわかります。

そんな中でユニークな板金屋さんとか、虫籠窓のある町屋が残っています。

残っているといえば、こういうところには例の「仁丹町名看板」が見つかるはずなんです。

草野さんは 「愛宕灯籠」 に加えてこの「仁丹」もほぼすべて把握されており、今回は参加者全員で未収録のモノの発見に協力しました。 新発見とはいかないものの 「下松屋町通丹波口下ル丹波街道町」 など、御土居由来かと思える住所表記がいくつも見つかり、しかも敢えて残してある様子もあり、路地裏冥利に尽きます。

「仁丹」に惹かれて歩くうちに、島原周辺まで来ました。 長屋に併設している珍しい三階建ての町家や、「二人司町 (ににんつかさちょう) といった町名に、 花街の名残を感じます。

こういった街並みも、今後時代の流れでどんどん淘汰されていくでしょう。そこにできれば一石を投じたい、「残しておきたいものを見極める感性」を路地裏ではこれからも使っていきたいと思います。        松林まゆみ

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