top of page

光は春に向かってる 幹事長(代表代行) 宗由美子


少しずつ昼間が増えていくこの頃は、まるで何かの動物みたいに冬眠していた私にも希望を与えてく れています。光は気温より少し先に季節を進みながら、この星の生き物たちに変化を促します。諸行無 常は仏教の真理だけでなく、サイエンスでも理解されている事実です。

生物学者でアートにも造詣が深 い福岡伸一さんの 「動的平衡」 についての論を読むと「あぁ、仏教と同じことをおっしゃっている」 と感じます。この宇宙の中では、全てが常に動き変化しています。我々の存在もまた、その中のひとつ。 いろいろな縁が重なりあい、それぞれが一定の名を持った姿をしているけれど、それも固定したものではない。どんなに素晴らしい活動をしている人にも、あるいは何もしていない人にもそれは平等です。

でも、残念ながらそこに価値判断をしてしまうのが、残念ながら我らホモ・サピエンスの性(さが)の ようです。「善い・悪い」 「好き・嫌い」 「上手い下手」 「かしこい・あほ」 など、ついつい、白黒つけ てしまいます。分別 (ふんべつ) してしまいます。

科学者によると、ホモ・サピエンスは生き延び戦術として、「知力」というものを獲得していったらしいです。恐らく例えば「あれは食べたらおなかが痛くなる」 とか 「あいつにかまれたら死ぬぞ」 など 生存の為の情報を仲間と共有していったのでしょうね。そうやってホモ・サピエンスは地球の王様にな りました。けれども、それと引き替えに、残念ながらどうやら本当に大切なことがわからなくなってし まったようです。仕方がないかもしれませんが、俯瞰的にものを見たり考えたりすることがまだ我らに は十全に備わっていないようです。

そしてこの世界では、圧倒的に少数の人たちが莫大な富を抱え込み、一方で、今もいのちからがら何とか生をつないでいる人たちが大勢いる。

もっと言えば、今のパレスチナでは、同じ人間なのに、人を 人とも思わない残虐な殺戮 (ジェノサイド) がすさまじく人々のいのちを奪っている。私はひとりの地 球市民として、その残虐な状況に胸を痛め、アートにできることは何だろうと自問することくらいしか できていません。

人間どうしだけでなく、我らは、【自分たちさえ良かったらいい精神】 で、地球環境の破壊に毎日励んでいます。他の生き物の生存環境にご迷惑をおかけしています。先日の能登半島の地震で大きな被害 が出ましたが、もし、珠洲原発が地域の人たちの反対もなく出来上がっていたら、日本はおろか、地球 環境に取り返しのつかない、恐ろしい状況を引き起こしていたことでしょう。昔の人たちが、日本列島 に沢山原子力発電所を作りましたが、その多くがどういう訳か活断層の上にあります。なんと恐ろしい ことでしょう。当時の人たちの見識が疑われます。

さて、我らの先祖は一方で、「アート」 の源流になる活動も生みました。(例えば有名な洞窟画など・・・。) それもきっと生活上必要があって、自然と生まれた知恵なのだろうと思います。

また、貴志カスケ代表は生前よく、「W そうぞう力」 の大切さを訴えておられました。「創造力」と「想像力」ですね。その言葉にどんな意味を込めるかは、人それぞれだろうと思います。「アート」 という 概念も人によって想像する内容が違いますから。それをお互いに尊重していけたら良いなと思います。

先日、「京都アートカウンシル規約改正検討会議」 を開催しました。その中で、参加者各位からそれ ぞれの 「アート」 への思いが色々語られました。結論としては、「アート」 の捉え方に白黒はつけず、ファ ジーにやっていこうということになりました。京都アートカウンシルが、少しでも分別 (ふんべつ) を超えた活動の場であれば幸いです。

閲覧数:6回0件のコメント

Comments

Rated 0 out of 5 stars.
No ratings yet

Add a rating
bottom of page